間書北僧と李後主
事例
- 『南唐書』浮屠伝 ― 後主の代、小長老と号する北の僧がいて、勧進のために来たと称し、後主に説いて塔院を多く造らせ、国庫を消耗させた。また牛頭山に千余間の寺を造ることを請い、千人の徒を集め、日ごとに豪華な食事を与え、食べ切れずに残ったものは翌日また新しく用意させ、これを「折倒」と呼んだ。わざと不吉な言葉を作って人心を揺さぶったのである。宋軍が長江を渡ると、その寺はそのまま陣営となった。
- また、ある北の僧が采石磯に石塔を建て、粗末な衣を着て豆の葉を食べ、後主や国人が施しをしても受けなかった。宋軍が池州を下ると、その石塔に浮橋を繋いだ。そこではじめて、彼が間諜であったとわかった。