間書檀道済と亡卒/李靖と唐倹

  • 宋の檀道済が亡卒に対して行ったもの。

事例

  • 『宋書』 ― 檀道済が魏を伐って歴城に至ったとき、魏は軽騎で前後を遮り、穀草を焼き払った。道済の軍は食糧が尽きて引き返した。そこへ一兵卒が逃亡して魏に降り、内情を詳しく告げた。魏軍が追撃し、味方は動揺して崩れかかった。道済は夜、「唱籌量沙(枡で数を唱えながら砂を量る)」を行い、残った少量の米をその上に載せた。夜が明けて魏兵はこれを見て、道済にはまだ糧秣に余裕があると考え、降ってきた者を偽りだとして斬った。道済は全軍を保って帰還した。

按(朱逢甲の評)

  • 陸抗の俞讚、檀道済の亡卒、そして宋の麟州の軍士が戎人に対して行ったもの ― これらは死間の用い方として、事は異なるが意は同じである。ここから変化と相互の学び方を悟ることができる。

李靖と唐倹

  • 『唐書』 ― 衛公李靖が突厥を伐ち、頡利可汗は敗れて和を請うた。太宗は鴻臚卿の唐倹を遣わして慰撫させた。頡利は表向き従順を装いながら、内心はなお迷っていた。李靖は言った ―「頡利は敗れたとはいえ、なお十余万の衆がある。もし砂漠の北へ逃げられたら手が出せなくなる。いま詔使が向こうに着けば、彼らは必ず気を緩める。そこへ精騎一万を選んで襲えば、戦わずして捕らえられる。唐倹らの命など惜しむに足りない」。かくて兵を率いて夜に出発し、大破した。