西夏書事卷三十六 宋高宗(金皇統七年) 紹興十七年(仁孝人慶四年) 1147年

任得敬の入朝要求と科挙の開始

  • 春正月、金の正旦および万寿節を賀う使者を送った。仁孝は徳威などの沿辺の地をすべて収め官を置いたことを、賀正の上表であわせて謝した。
  • 夏五月、西平公の任得敬が入朝を願い出た。得敬は鎮にあって誅殺をほしいままにし諫言を聞かず、大功を恃んで国政への関与を望み入朝を上表したが、御史大夫熱辣公済が「外戚の専権は国を乱す」と諫め、濮王仁忠も反対したため取りやめとなった。
  • 秋八月、挙人を策問した。唱名の法を立て童子科も設け、この頃から仕官を求める者が急増した。
  • 冬十月、李崇徳に中書舎人を賜った。崇徳は宗室の士で、仁孝はその才を愛し特に授けた。