西夏書事卷三十四 宋高宗(金天會九年) 紹興元年(乾順正德五年) 1131年
大石索求と川陝連携の試み
- 春正月、金の正旦を賀う使者を送った。乾順が劉惟輔を受け入れなかったことを表に記し、金主は厚く賜物を与えた。
- 夏四月、金の使者が来て遼臣耶律大石の引き渡しを求めた。大石は遼の宗室で西方に逃れ西遼を建てて延慶と改元しており、金は夏との連携を疑って使者を送ったが、乾順は「大石の所在は知らない」と答えた。
- 冬十月、金の天清節を賀う使者を送った。和州回鶻が大石の党を捕らえて金に献じ、夏が大石と結んでいないと知った金主は使者を厚く遇した。
- 慕洧が金に叛いて降った。金将撒離喝が慶陽を破ると、慕洧は乗じて環州を取ったが、金の兵威を見て城ごと降った。
- 十一月、川陝宣撫副使の呉玠が書をもって使者を送ってきたが、応じなかった。呉玠は金将兀朮を和尚原で破っており、夏に金への挟撃を促す書を送ったが、乾順は応じなかった。