西夏書事卷三十三 宋徽宗(遼保大三年、金天輔七年) 宣和五年(乾順元德五年) 1123年
遼救援の継続と金の圧力
- 春正月、再び兵を発して遼を救おうとしたが、可敦館まで進んだところで金将婁室の築いた霸徳山城に阻まれ進めなかった。
- 夏五月、使者を送り雲中で遼主を出迎えようとした。金の斡魯が遼主を陰山で襲い、諸王・妃・皇女らが捕らえられ、遼主は偽って降を乞いつつ雲内へ西走したが、乾順は遼主が河の畔にあると知り出迎えの使者を送り自国への行幸を請うた。
- 金人が遼への叛服を誘った。六月、遼の使者が乾順を夏国皇帝に冊立し、これに乗じて金が徴兵したが応じなかった。金将斡离不は遼主追撃の途上、夏に領地割譲を持ちかけて救援の意を挫こうとする書を送り、遼主が渡河して逃れたと知ると、乾順に対し遼主に忠を尽くすなら臣従を認めるが、遼主を匿うなら疑いを招くとの書を重ねて送った。折しも遼の使者が乾順を夏国皇帝に冊立し増兵を求めてきたが、乾順はこれに応じなかった。