西夏書事卷三十二 宋徽宗(遼大慶五年) 政和五年(乾順雍寕二年) 1115年

清水河・古骨龍の攻防と蓆葦城

  • 春正月、童貫が熙河・秦鳳両路から進撃させたが、夏軍は秦鳳兵を清水河で退けたものの、熙河の劉法軍には古骨龍で大敗し三千余人を失った。
  • 夏四月、种師道の蓆葦城築城を妨げようとしたが、宋軍の伏兵に大敗した。

藏底河城での宋軍撃破と蕭関の掠奪

  • 秋八月、藏底河城を攻めた涇原など四路の宋軍を撃退し、秦鳳第三将軍がほぼ全滅した。
  • 九月、その勝ちに乗じ蕭関まで攻め入り人畜を掠めたが、葫蘆河を渡れず引き返した。
  • 冬十月、宋へ用兵の停止を求める使者を送ったが、蔡京らに拒まれた。