西夏書事卷二十八 宋哲宗(遼大安五年) 元祐四年(乾順天儀治平四年) 1089年

境界交渉と永楽俘虜の返還

  • 春二月、冊封への謝礼の使者を送った。飢饉により動員が困難であったため境界交渉を先行させようとした。
  • 三月、月が東井に入った。群臣は用兵の過多を諫めた。
  • 夏五月、遼へ謝礼の使者を送った。
  • 六月、土地の交換を求めたが、哲宗は詔で境界画定の方針を改めて示した。
  • 秋七月、坤成節を賀った。使者が無礼な言辞を弄したが杜紘に退けられた。
  • 九月、受地についての牒を送った。
  • 冬十月、生辰・冬服の使者への応対があった。
  • 十一月、永楽の俘虜を帰し、米脂等四砦の地を回復した。返還された俘虜は当初約束の百五十五人から実際には百四十九人に減っていた。