西夏書事卷二十三 宋神宗(遼咸雍八年) 熙寧五年(秉常天賜禮盛國慶三年) 1072年
婚姻策と武勝城の失陥
- 春正月、梁氏が娘を西蕃董氈の子藺逋比に嫁がせることを求めた。吐蕃勢力の切り崩しを図る婚姻策であった。
- 綏徳城を掠めた。境界未画定の地での侵耕・略奪が続いた。
- 三月、綏徳の境界について使者を送り議論した。
- 河東路が捕虜を解放し帰した。
- 夏四月、鄜延路の使者が境界画定を求めた。
- 五月、鬧訛・礓石の二堡を回復した。
- 蕃官浪斡臧嵬が降った。
- 六月、環慶へ降蕃嵬逋ら七十七人を送り返した。和議への誠意を示す行動として評価される。
- 秋七月、綏徳の境界を定めた。
- 使者を送り入貢した。
- 嵬名浪遇を都統軍から免じ左遷した。梁氏一派に与しなかったための処分であった。
- 閏七月、西蕃の武勝城を攻めたが、秦鳳の官軍に大敗した。王韶の策により奇襲を受け、吐蕃の瞎薬らは開城して逃げた。
- 八月、歳賜への謝礼の使者を送ったが、表文の様式が整わず神宗は疑念を抱いた。
- 九月、国主の生辰に恩赦を行った。
- 冬十一月、武勝城の返還を宥州経由で求めたが拒まれた。