西夏書事卷十八 宋仁宗(契丹重熙十六年) 慶曆七年(曩霄天授禮法延祚十年) 1047年
后妃をめぐる混乱の始まり
- 春二月、両岔河で狩りをした際、子の諒祚が生まれた。母は没蔵氏(後の没蔵尼)。
- 高台寺を建てた。
- 三月、没蔵訛龐を国相とした。没蔵氏と訛龐は寧令哥を廃し諒祚を立てる企てを進めた。
- 夏四月、銀星との互市を通じさせた。麟州屈野河西の境界問題と絡めた交渉であった。
- 五月、太子寧令哥の妻没𠼪氏を奪い、后に立てた。
- 六月、后野利氏を廃した。無実の廃后として記される。
- 秋七月、賀蘭山に離宮を築いた。国政は訛龐に委ねられた。
- 九月、榷場を順寧砦に移した。
- 冬十一月、歳賜の時期変更を求めたが、李師中の対応により取り下げた。