西夏書事卷十六 宋仁宗(契丹重熙十二年) 慶曆三年(元昊天授禮法延祚六年) 1043年
契丹の仲介と和議交渉の開始
- 春正月、契丹が停戦を勧め、契丹の使者を京師へ送り和議を求めさせた。連年の戦費で国内が困窮していたことが背景にあった。
- 李文貴が帰った。龐籍は元昊への強い姿勢を説き、文貴に和議への期待を語らせた。
- 二月、王嵩を延州へ帰し、再び李文貴を遣わし野利旺栄らの書で和議を議した。元昊は僭号を削ることは拒みつつ和議への意欲を示した。
- 三月、契丹に捕虜を献じ尊号を賀した。
- 夏四月、名を曩霄と改め、使者を遣わし「男」として納款した。臣ではなく「子」の礼を取ろうとしたことが問題視された。
- 契丹に駱駝・馬を献じ謝意を示した。
- 六月、十一の要求事項を上書した。歳賜・割地・不称臣・塩禁緩和・独自年号などを求め、朝議は紛糾した。