西夏書事卷六 宋太宗(契丹統和十五年) 至道三年 997年

定難軍節度使への復帰

  • 春二月、継遷配下の史癿遇が橐駝口を扼していたが敗死した。熟蔵族の癿遇の通報により李継隆の軍が撃破した。
  • 夏四月、契丹に戦捷を報告し、契丹は継遷を西平王に復封した。
  • 五月、保安軍を包囲したが、曹璨・張思鈞の援軍により撤退した。
  • 冬十月、霊州の叛人鄭美を受け入れ霊州城を攻めたが陥落させられなかった。
  • 十二月、再び降伏を上表し定難軍節度使に任じられ、趙保吉の姓名を復した。太宗の崩御と真宗の即位を受け哀悼の意を示し、真宗は夏州刺史・定難軍節度・観察処置押蕃落等使を授けた。張浦も京師から返された。