西夏書事卷五 宋太宗(契丹統和九年) 淳化二年 991年
趙保忠への援軍と契丹への謝罪
- 春正月、商州団練使翟守素が兵を率いて夏州の趙保忠を援護した。太宗は守素に大軍を与え保忠に茶・美酒を賜った。
- 夏四月、契丹の冊封に謝意を表した。継遷は杜白(李知白)を遣わして謝し、あわせて合兵しての宋侵攻を求めた。
- 秋七月、趙保忠の仲介により継遷が降伏を願い出て、銀州観察使に任じられた。継遷は長年の抗争で蕃部の怨嗟を買っており、翟守素の来着を恐れ偽って降伏を申し出た。朝廷はこれを信じ官を授けた。
- 継遷に趙保吉の姓名が賜られた。弟の継冲も趙保寧の姓名を賜り綏州団練使に任じられ、母の罔氏(かつて曹光実に捕らえられた)は西河郡太夫人に封じられ京師に留め置かれた。
- 八月、趙保吉が受けた勅命を契丹に上呈した。
- 九月、趙保忠が「保吉を王庭鎮で破り、保吉は鉄斤沢へ逃げた」と報告した。
- 冬十月、熟倉族を攻めたが、族長哶㗭らの抵抗により退いた。趙保忠はさらに宥州の禦泥布・囉樹の二族を破ったと報告した。
- 十一月、趙保忠が叛き、夏州を挙げて契丹に降った。契丹は保忠を西平王に封じ、李継捧の姓名に復した。保吉が契丹の使いを通じて重ねて王爵と夏州永鎮を約束したため、保忠は心を動かされ契丹に附いた。