西夏書事卷二 周恭帝 顯德六年 959年

太傅への加官と総括

  • 秋七月、定難軍節度使李彝殷が太傅に加えられた。

史論

  • 拓跋氏は唐初の赤辞の内属、天宝期の守寂の功に始まり、中和年間に思恭が宥州で挙兵して以来、子孫が五代を通じて代々節度を継ぎ、地は千里に及び爵位は西平に至った。朝廷への貢賦は納めず巡属の任免も自ら行い、事実上その地を王として久しく治めていたと言える。
  • 唐末に忠義を尽くした事跡から後の吳越・南漢の例に照らしても、拓跋氏の興隆はこの時代に基礎を築いたものである。銀・夏・綏・宥・靜の五州は戦火に晒されることなく、ほぼ百年にわたり民が安んじて暮らせたことは、他の藩鎮に類を見ない。『新五代史』が南平の高氏を世家に列しながら西平の李氏を雑伝に置いたのは片手落ちであり、本書ではあらためて中和から顕徳までの経緯を詳述し、その欠を補うものである。