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西夏書事卷二 周世宗 顯德二年 955年
折氏との緊張
春正月、定難軍節度使李彝殷が兵で府州への道を塞いだが、まもなくこれを解いた。府州の折徳扆が節度使に任じられたことを彝殷が快く思わず、詔使の通行を妨げたため、世宗が使者を遣わして責め、彝殷は撤兵して謝罪した。
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