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西夏書事卷一 唐昭宗 乾寧二年 895年
節度の継承と邠寧討伐
定難軍節度使李思恭が没し、弟の思諫が跡を継いだ。思恭の子仁祐は早世し孫の彝昌はまだ幼かったため、軍中は思諫を推戴した。これが李氏の節度世襲の始まりである。
秋七月、保大節度使李思孝が邠寧の将王令陶を黎園寨で捕らえた。邠寧節度王行瑜が尚書令を求めて拒まれ、鳳翔節度李茂貞とともに朝廷に反旗を翻し将を派遣したが、思孝は河東将李存信とともにこれを撃破し捕虜を献上した。
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