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十六国春秋
北涼錄三 䝉遜母車氏
病と大赦
車氏は蒙遜の玄始元年に王太后に立てられた。病床につくと蒙遜は自らを省み「遺民を毒(一に荼に作る)から救おうとしてきたが太后の病はますます重い、刑戮や賦役に過ちがあるのか」と大赦を発したが、まもなく卒し、蒙遜は礼を超えるほど哀毀した(詳細は蒙遜伝に見える)。
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