十六国春秋西涼錄三 劉昞
郭瑀の娘婿となる逸話
- 劉昞、字は彦明。燉煌の人で十四歳で博士郭瑀に学んだ。瑀は娘の婿を選ぶため弟子たちの前に席を設け「この席に座る者と婚姻を結ぼう」と告げると、昞は威儀を正して座に着き「先生が良い婿を求めておられると聞いた、昞こそその人物です」と述べ、娘を娶ることとなった。
学問への専心と著作
- 昞は後に酒泉に隠居し弟子は常に数百人に上った。武昭王暠は昞を儒林祭酒・従事中郎に召し、書物が破れると自ら補修する暠に代わろうとした昞に、暠は「私と卿の出会いは孔明と玄徳の出会いと何が違おうか」と述べた。昞は「朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり」と応じ、政務のかたわらも書物を手放さなかった。
- 昞は「略記」「涼書」「燉煌実録」「方言」「静恭堂銘」など多くの著作を残し、「周易」「韓子」「人物志」「黄石公三略」の注釈も世に行われた。後に沮渠蒙遜が酒泉を平定すると秘書郎中を拝命し、「玄処先生」と号した。