十六国春秋西秦錄三 乞伏益州
驕りによる敗戦
- 乞伏益州は乾帰の弟である。乾帰の代に前将軍・秦州牧となった。楊定が死ぬと天水の姜乳が上邽を襲い拠ったため、乾帰は益州に騎兵六千を率いさせて討たせた。左僕射邊芮・民部尚書王松寿は「益州は懿弟としての親愛と度重なる戦功により連勝に慣れて驕りの色がある、専任すべきでない」と進言したが、乾帰は「益州は驍勇で衆を御することに長けている、重臣に補佐させれば心配ない」と述べ、平北将軍韋虔を長史とした。
- 大寒嶺に至ると益州は勝ちに驕り部隊を整えず、将士に遊猟や飲酒に耽らせ「軍事を語る者は斬る」と命じた。韋虔らの諌めにも「乳は烏合の衆だ、決戦を挑んでくればすぐに擒にできる」と応じ、まもなく乳の逆撃を受けて敗れた。乾帰は「私が諫めに背いたためだ、将士に罪はない」と皆を赦した。
涼・吐谷渾討伐
- 後に益州は再び涼を攻め支陽・鸇武・允吾の三郡を攻略し、また吐谷渾の視羆を度周川で破りその子宕豈を人質に取って引き返した。平遠侯に封じられ、まもなく卒した。