十六国春秋後涼錄四 杜進
西域遠征の功績と非業の死
- 杜進は略陽の氐人。初め光の裨将となり西域遠征に従い亀茲討伐を平定した。光の帰還を涼州刺史梁熙が阻もうとした際、進は前鋒として梁熙の子胤を撃破し捕らえ、胡夷はこぞって帰順した。光の河西平定において進の功は最も多く、輔国将軍・武威太守・武始侯を上表され、都尹となると権勢は一時に高まり儀仗は光に次ぐほどであった。光の甥石聰が「中州の人々はただ杜進のことばかり聞きます、舅(光自身)のことは聞きません」と述べると、光は黙り込み、これが原因で進は誅殺された。