十六国春秋王載

王載は新都の人。寧州刺史李毅の娘婿となり南夷校尉を兼ねたが、後に成漢の圧力に降り、李雄に仕えて騎都尉・龍驤長史となった。

寧州の南夷校尉

  • 王載は字を元始といい、新都の人である。才智幹略があった。寧州刺史李毅の娘の秀を娶り、載は家を将いて地を南に避けていた。ちょうど毅が亡くなり州の文武は秀が明達で父の風があることをもって推して州事を領させ、また載をもって南夷校尉・龍驤將軍を領させた。秀は督戦を奬厲し、食糧がすでに尽きると草を茹い鼠を炙って食としたが、秀は夷が怠緩するのを伺うとすぐに軍を出してこれを掩破した。
  • 載は後に漢嘉太守となり、太傅驤が朱提などの郡を攻め破ると、載は懼れて郡をもって迎え降り、雄に仕えて騎都尉・龍驤長史に至った。