十六国春秋前涼錄六 索綏

涼春秋の著述と的確な進言

  • 索綏、字は士艾。燉煌の人。父の戢は東晋の司徒。綏は家が貧しく学を好み、幼くして孝廉に挙げられ記室祭酒となった。母の喪に服すため官を去り、再び秀才に挙げられ儒林祭酒となった。駿は西曹掾に閣内外の事を集めさせ綏に付し『涼春秋』五十巻を著させ、また『六夷頌』『命伝』十余篇を作らせ、著述の功により平楽亭侯に封じた。
  • 当初綏は東方から二本の角の生えた文書が届く夢を見た。索紞に問うと、紞は凶と背の知らせが来るだろうと占い、当時綏の父は東方にいたが、三日後に凶報が果たして届いた。
  • 重華の時代、閑豫堂で群臣と宴を催し経義を講論した際、重華は綏に古今の逸話について問い、綏は詳しく答えた。
  • 玄靚が僭号して五年目の夏六月、大旱魃があり、諸々の雨乞いの官にすべて『雲漢』の詩を詠じさせようとしたが、綏は「『雲漢』は周の宣王の美徳を陳べた詩であり、旱を祈る文ではありません」と述べ、玄靚はこれを取りやめた。