十六国春秋前涼錄六 索苞

神業と称えられた弓勢

  • 索苞、燉煌の人。文武の才芸を備え孝廉に挙げられ郎中に任じられた。征伐のたびに敵を破り勇猛は三軍随一、当時の人々は関羽になぞらえた。宋澄が金城で歩羌三千人に包囲され孤立無援で陥落寸前となった際、苞は車騎五千で剣を振るい陣に突入、澄のもとへ直行して対座し、頭を叩き手を打って大笑いした。羌族は皆盾を佩び刃を輝かせ四方から迫ったが、苞は徐に弓を引き矢をつがえ搥(拠点)の周りを射ると、弦に応じて次々と倒れ、盾を貫いて命中し立ったまま三十余人を殺した。傷ついた者は百を数え、羌族はすぐさま散り逃げ、これを神業と称えたという。