十六国春秋前涼錄六 宋澄
凶兆の的中
- 宋澄、字は玄安。混の弟。混が死ぬと澄が代わって領軍将軍輔政となった。ある時旱魃のため雨乞いのため帯石山に登ろうとすると、左右が凶事を警告したが、澄は「そんなことがあろうか」と述べ馬に鞭打って登ったところ、馬が倒れ足を傷めた。御史の家の屋の柱が自然に燃え焦げ折れる異変も起こり、ある者は「柱の字は左に木、右に主とある、宋の字には木を含む、木が焦げるのは宋が破れ主だけが残る、大きな災いだ」と言った。また澄の乗馬五頭が厩の中で一夜にして鬣と尾がすべて禿げてしまうということもあり、ある者は絶滅の徴だと言ったが、澄は「吉凶は天にある、知ってどうなろうか」と答えた。
- 澄は後に灯明の油が突如血に変わる異変に遭い、二歳の幼児が老人のように「宋澄よ、そなたの頭を斬るぞ」と叫ぶ夢を見た。また城東の水中から火が出るという異変もあり、一年も経たぬうちに司馬張邕は澄の専断を憎み挙兵してこれを殺し、宋氏をことごとく誅殺した。先立って「宋を滅ぼす者は田土の子、邕、一名は野」という童謡が流行っていたが、この時に至り的中したのであった。