十六国春秋前涼錄六 宋混
忠実剛直な輔政
- 宋混、字は玄一。燉煌の人。重華に仕え驍騎将軍となった。張瓘が祚を誅した際、混は兵を挙げてこれに応じた。瓘が政を専断し苛虐で情に任せた統治を行い、諸宋を誅し玄靚を廃して自立しようと謀ると、混はこれを察知し弟の澄と共に兵を率い瓘を誅した。玄靚は混を驃騎大将軍尚書令輔政とした。混は昼寝の中で瓘が屋根から下りて突如柱の中に入る夢を見て、その柱は火に焼かれたようであったが掘っても何も見つからず、大いに驚き恐れ、これにより病に伏した。玄靚と祖母の馬氏が見舞いに訪れ後継を問うと、混は「臣の子・林宗は幼弱で大任に堪えません、殿下がもし臣をお見捨てにならないなら、臣の弟の澄は政事において臣より優れています」と答えた。混は澄と諸子に「我が家は国の大恩を受けた、死をもって報いるべきだ、勢いや地位を恃んで人に驕ってはならない」と戒め、また朝士に会うたびに忠貞をもって戒めとするよう説いた。卒すると道行く人々もこれを悼み涙を流したという。