十六国春秋辛攀

三龍一門の秀才

  • 辛攀は字を懐逺といい、隴西狄道の人である。父の□は晉の尚書郎、兄の鑒・曠、弟の寳・迅はみな才識をもって名を著した。秦雍ではこれを諺にして「三龍一門、金友玉昆」と言った。
  • 攀は年七歳、父に随って京師に在ったとき、北地の程曉が攀の親友を見て笑って言った、「犁牛の騂犢とはこの子のことである」と。攀は言った、「戯れであっても人の親のことに及ぶのは雅訓ではありません」と。曉および賓客は大いにこれを竒異とした。
  • 建安三年(の頃)、晉の大鴻臚として涼に使いしたが、そのまま留まって張軌に仕えた。