十六国春秋宋矩
節を守って死んだ忠臣
- 宋矩は字を處規といい、燉煌の人である。慷慨として志節があり、重華に仕えて宛戍都尉となった。石虎が麻秋らを遣わして大夏を攻めたとき、大夏の護軍梁彧(一に式に作る)は太守宋晏を執えて城をもってこれに応じた。
- 秋は晏に書を持たせて矩の許に致させた。矩が到着すると秋に言った、「父を辞し君に事えるにあたっては功を立てて義に与すべきである。もし功義が立たなければ、まさに名節を守るべきである。矩は終に主を背き宗を覆し世に生を偸むことをよしとしない」と。そして先に妻子を殺し自ら刎ねて死んだ。
- 秋は言った、「義士である」と、吏人に命じてこれを葬らせた。重華はその誠節を嘉して振威將軍を贈った。