十六国春秋南燕錄三 龎世

苛烈な統治と孤独な最期

  • 龎世、出自不詳。徳に仕え光禄勲となった。豪強を摘発し人々を苛烈に取り締まったため人々はこれを恐れ憎んだ。没した際は門前に弔問客がなく、当時の人々は童謡に「龎家の巷、車馬轔轔たるも、泥丸(埋葬)の日には弔賓なし、弔賓来たらざるは何に因るや」と詠んだ。性格が苛烈だったため親しむ者が少なかったという。