十六国春秋前秦錄九 堅夫人張氏

晋討伐への諫言

  • 堅夫人張氏、出自不明。聡明で才識があった。堅が江左(晋)への侵攻を企てた際、群臣が切に諫めても聞かなかったが、張氏は進み出て「天地が万物を生み王者が天下を治めるのは、いずれも自然に従いこれに順うことで成るものです、今、朝野の人々はみな晋を討つべきでないと言っているのに、陛下お一人が決意して実行しようとしています、私には陛下が何に従っておられるのか分かりません、書経に『天の聡明は民の聡明による』とあります、天でさえ民に従うのに、まして人主においてをや、諺に『鶏が夜鳴くのは軍を動かすに不利、犬が群れて吠えるのは宮室が空になる兆し、兵が動いて馬が驚くのは軍が敗れて帰らない兆し』とあります、秋冬以来、多くの鶏が夜に鳴き犬の群れが哀しげに吠え、厩の馬が驚いて逃げ、武庫の兵器が自ら動いて音を立てています、これらはみな出師の吉兆ではありません、どうか陛下、詳しくお考えください」と諫めたが、堅は「軍旅の事は婦人の関わるところではない」と応じ、兵を興して南征した。

予知夢と堅の敗北

  • その夜、堅は城内に葵が生える夢を見た。翌朝、これを問うと張氏は「もし遠征に出れば将たる者にとって難しいことになるでしょう」と答えた。堅はまた地が東南に傾く夢を見て問うと「江左は平定できないという意味です、あなたが南行しなければ、必ず敗れる兆しです」と答えた。堅は従わず、果たして寿春で大敗し単騎で逃げ帰り、張氏を顧みて「朕がもし朝臣の言葉を用いていたら、今日のような事態を見ずに済んだだろう」と涙を流した。堅が死ぬと張氏は自殺した。