十六国春秋前燕錄九 乙逸
生涯
- 乙逸、平原の人。東夷護軍として仕えたが、慕容仁の叛乱の際に城を棄てて逃げ帰り、玄菟太守に転じた。儁が龍都に留台を建てると尚書に遷り留守の職務を専管、のちに幽州刺史に遷り左光禄大夫に召された。夫婦で鹿車(粗末な車)に同乗して赴くと、子の璋が数十騎を従え華美な服装で道端に出迎えたため、逸は激怒して車を閉ざし口をきかず、都に着いてから深く咎めたが璋は改めなかった。逸は璋がいつか身を滅ぼすことを常々憂えていたが、璋はかえって重用され中書令・御史中丞などの高位を歴任した。逸は「私は若い頃から自らを修め身を慎んでかろうじて罪を免れてきたのに、璋は節倹を心がけず奢侈にふけりながらかえって清要の官に就いている、これは璋一人の幸運というだけでなく、まさに時世の衰えを示すものだ」と嘆いたという。