十六国春秋後趙錄十二 劉羣
亡命から後趙への帰属
- 劉羣、字は公度、中山魏昌の人。晋の太尉広武侯劉琨の子。父に従って晋陽にあり戦乱に遭い偏軍将軍として幾度も征討に従い、清廉慎重で決断力に優れ士衆の心を得た。琨が害された後、従事中郎の盧諶らと共に段末波に身を寄せたが、石虎が遼西を滅ぼした際、羣は内弟の崔悦・盧諶らと共に捕えられ、虎はいずれも厚遇し、羣を中書令に任じ、のちに秦州刺史・尚書左僕射にまで累進した。冉閔の即位後も行台都督・尚書左僕射のまま留任したが、閔が敗れると前燕に捕えられ殺害された。
従弟たちの経緯
- 羣の従弟の啓と啓の弟述も羣と共に段末波のもとにあり、のちに同じく石虎のもとに没し、虎は啓を尚書僕射に任じた。啓はのちに晋に帰順し中軍殷浩の北伐に従ったが姚襄に敗れた。述は石虎の侍中となり、啓に従って晋に帰り驍騎将軍を拝命した。