十六国春秋後趙錄十二 趙明

生涯

  • 趙明、字は顯昭、南陽の人。石虎の摂位に際し尚書を拝命したが、石勒の諸子が誅殺されようとした際「明帝(石勒)の功績は天に届くほどで趙の太祖である、その血統を絶やしてよいはずがない」と諫めた。虎は「これは我が家の事だ、卿は口を挟むべきではない」と答え、この直言のため十年間昇進が叶わなかった。その節操の堅さは当時、魏の蘇則になぞらえられたという。