十六国春秋後趙錄十一 道進
隠士楊軻を巡る諫言
- 道進は仏図澄の弟子で内外の学に通じ、石虎に重んじられていた。ある日、澄の使いで虎のもとへ赴いた際、虎は隠士楊軻について「十年も王命に従わず傲然と寝転んだままの民がいる、太公望が斉で華士を誅したように、傲慢な匹夫を放っておいてよいものか」と道進に問うた。
- 道進は、舜が蒲衣を優遇し禹が伯成を厚遇し、魏の文侯が段干木を敬し、漢が荘光(厳子陵)を称えたように、歴代の君主が隠者の節義を尊んできた例を挙げ、「陛下も舜禹の徳に遠く倣い、太公の厳罰の故事に倣うべきではない。君主の行いは必ず史書に記される、趙の史書に隠遁者の伝が一つもないことになってはならない」と諫めた。虎はこの言葉を喜び、楊軻をもとの住処へ帰し一家に供給させた。
- 道進が澄に一部始終を報告すると、澄は「そなたの言葉はよかったが、楊軻の命運にはなお定まったところがある」と述べた。