十六国春秋後趙錄十 石邃

立太子と乳母劉芝の専横

  • 石邃、字は大淵、小字は阿鉄。虎の長子で母は鄭氏。若くして雄々しく聡明で、成長すると驍勇、虎はこれを深く愛した。勒の代に左衛将軍・都督中軍事に任じられ、征東将軍に遷り冀州刺史に転じ散騎常侍を加えられ斉王に封じられた。石弘の即位後、虎が丞相・魏王となると邃は魏太子となり、使持節・侍中・大都督・督中外諸軍・大将軍・録尚書事を加えられた。虎が天王を僭称すると天王皇太子に冊立され、尚書の奏事を裁可する役を担った。
  • 邃の保母劉芝はもと巫術で取り入った女であったが、邃を養い深く寵愛されるうちに賄賂を通じ言論にも関与するようになり、権勢は朝廷を傾け親貴の多くがその門から出た。これにより芝は宜城君に封じられた。虎は常々左右に「司馬家の父子兄弟は互いに残滅しあったからこそ朕がこの地位に至れた、そうでなければ朕に今日があろうか、朕に阿鉄(邃)を殺す理由があろうか」と語り、左右は皆「陛下は父として慈しみ子は孝行、なぜそのようなことを仰るのですか」と答えていた。

仏図澄の予言

  • 邃の一子が襄国にいたが、仏図澄は邃に「小阿弥(その子)はまもなく病を得るだろう、迎えに行くべきだ」と告げ、邃が急ぎ使いを送って見させると果たしてすでに病を得ていた。太医の殷騰や外国の道士が自ら治せると称したが、澄は弟子の法牙に「たとえ聖人が再び現れてもこの病は治せまい、まして彼らごときが」と語ったとおり、三日後に子は死んだ。邃は澄への信頼をますます篤くした。

驕慢と残虐の限り

  • 邃は百揆(政務全般)を総攬するようになってから酒色に耽り驕慢無道となり、儲嗣(皇太子)にふさわしくなくなった。あるいは田猟にふけって冠も付けずに宮中に戻り、あるいは夜に臣下の家に忍び入りその妻妾を犯した。宮人で美貌の者は首を斬らせその血を洗って盤に載せ賓客とともに見て回り、比丘尼(尼僧)で容姿の良い者を宮中に入れてこれと交わった後に殺し、羊や牛の肉と煮て食べ、左右の者にも賜ってその味を知らせようとしたという。

謀反の企てと仏図澄の察知

  • かつて政務の奏上が虎の意に逆らい鞭で責められると、邃は深く恨みを抱いて謀反を企て、ひそかに内豎に「和尚(仏図澄)の神通力は広大だ、もし私の計画を漏らせば事は敗れる、明日来たら真っ先に始末せよ」と語った。
  • 仏図澄は月半ばに虎に拝謁しようとした際、弟子の僧慧に「昨夜、天神が私を呼んで『明日もし入朝するなら誰の所にも立ち寄るな、もし立ち寄ったらお前が私を止めよ』と告げた」と語った。澄が参内する際は必ず邃の所に立ち寄ることになっており、邃は澄が来ることを知って長らく待ち構えていた。澄が南台に上ろうとすると僧慧が衣を引いて止めようとしたが、澄は「事は止められまい」と言って邃の所に立ち寄った。座に着くか着かないかのうちにすぐ立ち上がろうとしたが、邃はしきりに引き留めて去らせず、結局その場での謀は実行されなかった。

冀州行と廃嫡・処刑

  • 邃はそこで側近の無窮・長生や中庶子李顔らに「官家(父・虎)と呼ぶのも煩わしい、私は冒頓(父を弑して即位した匈奴の単于)のようなことを行いたい、卿らは私に従うか」と言ったが、顔らは伏したまま答えなかった。邃は病と称して政務を執らず、ひそかに宦臣・文武五百余騎とともに李顔の別邸で宴を開き「私は冀州へ行って河間公(虎の寵臣)を殺したい、従わぬ者は斬る」と告げた。顔は叩頭して固く諌めたが聞き入れられず、数里行ったところで騎兵たちは皆逃げ散り、邃も酔い潰れて帰った。
  • 虎は邃が病だと聞いて見舞いに行こうとしたが、仏図澄が「陛下はしばしば東宮へ行くべきではありません」と告げたためやめた。まもなく虎は目を閉じて「私は天下の主だ、父子でさえ互いに信じられぬのか」と大声で言い、信頼する女尚書を遣わして様子を探らせた。邃の母鄭氏もこれを聞いて密かに使いの者を送り邃を厳しく叱責させたが、邃は怒ってその使者を皆殺しにした。虎はこれを聞いて激怒し李顔らを捕らえて詰問し、顔は事の始終を詳しく述べたため、虎は顔ら三十余人を誅殺し邃を東宮に幽閉した。まもなく赦して太武東堂に召し引見したが、邃は拝礼するも謝罪の言葉もなくすぐに退出した。虎が使者を遣わし「太子は参内すべきだ、なぜすぐに去るのか」と言わせても、邃はまっすぐ出て振り返りもしなかった。
  • 虎の怒りはますます激しくなり、邃を庶人に廃してその夜のうちに殺害、妻の張氏および男女二十六人とともに一つの棺に合葬した。東宮の党与二百余人を誅殺し、鄭氏を廃して東海太妃とした。これに先立ち仏図澄はかつて「太子は乱を起こすだろう、その兆しがすでに形をなしつつある、言おうにも言い難く、忍ぼうにも忍び難い」と嘆き、それとなく虎を諌めていたが虎はその意味を理解できず、まもなく事が発覚してその言葉の意味が初めてわかったという。