十六国春秋後趙錄十 石肇

無能な兄弟への配慮と婿入りの逸話

  • 石肇は石勒の兄弟である。勒がすでに顕貴になった後も肇は軍中にあって自立できずにいたため、軍士たちが共に勒のもとへ送り届けた。勒はこれを哀れんで建威将軍に任じたが、肇には才力がなかったため、常に選りすぐりの補佐官をつけて助けさせた。
  • 肇は広川の劉典の兄の娘を娶ったが、これを甚だ恐れていた。後に長楽太守を拝命したが、政務を執るたびに門を入っては必ず「阿劉(妻)の教えでは、ああせよこうせよと」と口にしたため、当時の人々はこれを嘲笑の種にしたという。