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十六国春秋
前趙錄九 韋忠
生涯
韋忠、字は子節、平陽の人。学を好み節操を曲げず、贈答の類を一切受けなかった。父の喪に深く哀しみ、晋の裴秀にその将来を嘱望された。裴頠の招聘も、その節操のなさを理由に固辞した。太守陳楚が羌族に襲われた際、身を挺して庇い矢を受けたという義烈の逸話が伝わる。聰に仕えて鎮西大将軍・平羌校尉となり、反乱羌族討伐で矢が尽きても屈せず剣を取って戦死した。
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