十国春秋卷一百七 北漢四 列傳 張昭敏
張昭敏
- 張昭敏は睿宗に仕え、積官して平章中書事に至った。人となりは慷直(意気盛んで正直)で敢言(率直に意見を言う)、強禦(権勢のある者)を畏れなかった。少帝がすでに殺害されると、朝臣は各々誰を立てるべきか議したが、日中になっても決しなかった。昭敏は独り案(机)を排して「少主は宗姓(劉氏の血筋)でなかったため、天位(帝位)が永く続かなかった。今こそ劉氏を立てて天下の心を慰めるべきである。継文は久しく契丹に留められているが、世祖皇帝の嫡孫である。これを迎え立てれば、外は隣国の援けを結ぶことができ、内は宗社の本を固めることができる。君主を立てるにあたり継文に勝る者はいない」と言った。時に郭無為は継文がその謀計(無為の専政)を暴くことを憚り、必ず英武帝を立てて恩を示そうとした。まもなく昭敏は殺された。