十国春秋卷一百二 荆南三 列傳 司空薰
司空薰
- 司空薰はその先は臨淮の人で、唐の知制誥図之の族子である。武信王が荆南を鎮すると、薰は梁震・王保義らとともに幕府に居し、事に遇ってしばしば匡正した。梁が亡んで唐の荘宗が洛に入り、詔を下して藩鎮を慰諭すると、薰は固く武信王に京師に朝するよう勧め、これによって唐主の心を結ぼうとした。時に梁震は切に諫めて不可としたが、武信王はついに薰の言に従い、危うく脱するを得ないところであった。しかし唐が江陵を舎てて先にはついに蜀を滅ぼしたのも、また薰の一言の力である。薰の後の事は史に見えず、その終わるところは詳らかでない。