十国春秋卷一百二 荆南三 列傳 從嗣

從嗣・從義

  • 従嗣は武信王の従子である。人となり驍勇で力があり、馳突して敵陣深く入ることを喜び、常にこれを恒とし、功を積んで雲猛指揮使に至った。天成三年、楚の武穆王(馬殷)は許徳勲を遣わして寇し、その子希範を監軍として沙頭に師を次らせたとき、従嗣は勇を恃んで単騎で楚の陣営に赴き希範に挑戦を請い勝負を決しようとしたが、楚の将廖匡斉に殺された。王はこれを懼れ、そこで楚と和した。
  • 従義もまた武信王の従子である。貞懿王に対しては季父の行にあたる。顕徳の時、従義は乱を作すことを謀ったが、その徒の高知訓がこれを告発した。貞懿王は松滋に徙すよう命じ、まもなくこれを殺した。ついに不良のまま死んだ。