十国春秋卷九十九 閩十 列傳 僧慧稜

招慶院から長慶院へ

  • 僧慧稜は杭州塩官の人で、姓は孫氏である。生まれつき淳朴で淡白な性質であった。十三歳で蘇州の通元寺で剃髪した。唐末、雪峰・元沙の間を往来すること、およそ二十九年に及んだ。
  • 天祐三年、太祖の従子である延彬が泉州を守っており、招いて招慶院に住まわせた。開堂の日、延彬は朝服を着て説法を聴いた。まもなく太祖はまた招いて長慶院に住まわせ、「超覚大師」と号した。
  • 嗣王の時、夫人の崔氏はみずから「練師」と称し、しばしば彼と論議往復した。長興三年に没した。恵宗は彼のために塔を建てた。