十国春秋卷九十八 閩九 列傳 陳匡範
羨余の進上と斲棺の刑
- 陳匡範は南安の人である。永隆年間、国計使の官にあった。景宗は淫らな奢侈に度を過ごし、財用が支えられなくなっていた。匡範は日々羨余(余剰の税収)一万金を進上することを願い出た。景宗はこれを有能として礼部侍郎を加えた。
- 匡範は商賈への課税を数倍に増し、努めて聚斂して主上の心を得ようとしたので、人々はその苦しみに耐えかねた。景宗はかつて近臣を宴し、酒杯を挙げて匡範に付して言った、「明珠や美玉は求めれば得られるが、匡範のような人物こそ得がたい宝である」と。
- ほどなく商賈への課税では日々の進上を賄いきれなくなり、諸々の官署の金を借りてこれを補った。事が発覚することを恐れ、憂懼のうちに死んだ。手厚く祭祀と葬儀を賜った。
- ところが、諸々の官署が匡範の借用の証文を(景宗に)伝え聞かせたので、景宗は大いに怒り、棺を斬り裂いてその屍を切断し、水中に棄てた。黄紹頗をもってその職に代えた。