十国春秋卷九十八 閩九 列傳 陳郯
寵臣に取り入り機密を漏らす
- 陳郯は泉州莆田の人である。家は貧しかったが大いに学問に励み、五経に通じた。恵宗の従子(甥)の仁達が招いて掌書記とした。恵宗はある事によって仁達を誅し、あわせて郯も獄吏に付されたが、まもなく仁達の家を没収した際、ただ郯の歌詩一巻を得ただけであったので、(罪を)許して誅さず、宣徽使に抜擢して内学士を兼ねさせた。
- 郯はもとより巧言令色にたけ、人主の意に取り入るのが巧みであった。通文年間、検校太傅に遷った。
- ある時、術者が「宮中にまさに災いがあるだろう」と言い、康宗は南宮に移って火を避けた。まもなく宮中で火事が起こった。康宗は控鶴都将の連重遇の兵が放火したのではと疑い、そのことを郯に語ったが、郯は逆にこれを重遇に漏らした。
- 重遇はそこで夜、衛士を率いて南宮を焼き払い、康宗は逃げて死んだ。郯がこの言葉を漏らした罪は大きかった。