十国春秋卷九十七 閩八 列傳 謝氏

要約

謝氏は福州感徳場に住む林廿五の妻である。龍啓元年、感徳場が寧徳県に昇格した際、私利を図ろうとする土地の有力者が凱旋門のような桓門を建てて自らの功を誇示しようと企て、その用地とするために林家の住居を没収したうえ、あろうことか先祖代々の墳墓までも平らげて壊そうとした。

ちょうどそのとき謝氏は夫を亡くしたばかりの新たな寡婦であり、頼るべき者もないまま、幼い子を襁褓にくるんで背負い、単身徒歩で当時の都であった長楽府(福州)まで訴え出た。役所に訴えを聞き届けてもらうため、訴訟人が座り込む肺石という石の下に三日間座り続けて動かず、その切なる真情がついに朝廷にまで届くこととなった。

これを受けて命令書(符)が邑に下され、林家の家屋と先祖の墳墓は取り壊されずに済んだ。地位も後ろ盾もない一人の寡婦が、権勢のある者による理不尽な収奪計画に対し、幼子を抱えながらも決して屈せず、粘り強く訴え続けた末についに正義が通ったという逸話であり、閩国の地方統治のあり方や庶民の声が朝廷に届いた稀な例として、後世まで語り継がれている。

現代語訳全文

冤を訴え家墓を全うす

  • 林廿五の妻の謝氏は、福州感徳場に家居していた。龍啓元年、場を寧徳県に昇格させたが、私意を逞しくする者があって桓門(凱旋門のようなもの)を建てようと謀り、廿五の住居を没収してその塚を平らげようとした。
  • 時に謝はちょうど新たに寡婦となったばかりで、幼い子を襁褓(おくるみ)にくるみ、徒歩で長楽府に至り、肺石(訴えを聞くための石)の下に三日間座り込み、訴えが聞き届けられた。符(命令書)が邑に下され、家屋と墳墓は壊されずに済んだ。