十国春秋卷九十四 閩五 列傳 繼嚴

繼嚴

  • 繼嚴もまた恵宗の子である。康宗の時、建王に封じられ六軍諸衛の事を判し人望を得たが、康宗は内心これを忌み、まもなくその兵権を罷めてその名を繼裕と改めた。永隆の時にはなお繼厳の名に戻り、泉州刺史を授けられ再び衆望を得たが、景宗に憎まれて鴆殺された。