十国春秋卷九十四 閩五 列傳 延宗

延宗

  • 延宗は太祖の子である。汀州刺史に任じて名声があり、驃騎大将軍に遷った。太祖には合わせて二十八人の子があったが、史冊に見えるのは嗣王(延翰)・恵宗・景宗・天徳帝のほか、ただ延喜・延武・延望・延宗の数人のみで、その序列もまた考証できない。延宗の子は繼業。

繼業

  • 繼業は父の跡を継いで汀州を守り、これも治績によって聞こえた。連重遇の乱に、繼業は康宗を梧桐嶺で追い詰めた。康宗は弓を投げ捨てて「卿の臣節はどこにあるのか」と言ったが、繼業は「君に君の徳がなければ、臣にどうして臣の節がありましょうか。新君(景宗)は叔父であり、旧君(康宗)は兄弟です。どちらが親しくどちらが疎いというのでしょうか」と言い、ついに康宗を陁荘で弑した。
  • 永隆の初め、泉州刺史に改められ、まもなく行営都統として兵を率い建州を救援したところ、呉越の兵は逃げ去った。翌年、建州が書をもって彼を招いた。ある者が繼業は楊沂豊とひそかに富沙王と通じていると告げたため、繼業が福州に帰るのを機に郊外で死を賜り、あわせてその子を泉州で殺した。