十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 張瑗

普照寺の運河計画

  • 張瑗、武肅王に仕え、官は司空に至り、外に出て華亭を鎮した。普照寺のある僧が物の道理をわきまえず、粗末な蔬食を彼に進めたため、瑗はこれを受け止めて密かに王に上申し、寺の後方に三つの河を掘らせて、ついに運河となし、そのため寺の運営は思うにまかせなくなった。