十国春秋卷八十五 呉越九 列傳 楊巖
呉越丞相への出世
- 楊巖、弘農の人である。父の承休は唐の刑部員外郎の官にあり、天祐年間、副給事中の鄭祁が武肅王を呉王に冊封する使いをした際に随行したが、折しも淮南の道が阻まれて帰ることができず、そのまま杭州に留まった。初め承休が赴くとき、巖を連れて行った。巖は武肅王父子に歴仕し、官を累進して丞相に至った。子の郾は任子(父の功による官吏任用)により尚書職方員外郎を歴任した。郾の子の蠙は早世し、蠙の子の侃は十歳で「雪賦」を作ることができた。忠懿王が宋に入るとき、郾は侃を率いてその一族とともに随行し、宋州に寄留した。