十国春秋卷七十四 楚八 列傳 李𢎞節
対句を弟に助けられる
- 𢎞節は𢎞臯の弟である。若くして文学があり、𢎞臯と幕府に同居した。同光の初め、武穆王は江南諸道都統を拝し、唐の荘宗は詔して戦馬数百匹を賜った。王は𢎞臯に謝表を起草させたが、折しも𢎞臯は文思が艱渋(滞りがち)であった。𢎞節を顧みて言った、「馬に旋風の隊があるが、どうしてもこれに対句を作れない」。𢎞節は言った、「軍に偃月営があるのを聞いたことはありませんか」。𢎞臯は欣然として筆を執り、「尋(つい)で偃月の営に当たり、擺(うご)いて旋風の隊となす」と書いた。表が成ると王は大いにその警敏(機敏さ)を称賞した。このようであった。
- 文昭王が天策府学士を置くと、𢎞節もまたその数に与った(あるいは武平節度書記の李松年であって𢎞節ではないともいう)。𢎞節は後に𢎞臯とともに朗兵に殺された。