十国春秋卷六十六 南漢九 列傳 文偃

文偃

  • 僧の文偃は嘉興の人で、姓は張氏。幼くして空王寺の志澄律師に依って出家した。資質は敏くして生まれつき智慧があり、弁舌は天賦のものであった。最後に霊樹に至り如敏禅師に参じた。
  • 初め、如敏は山に住むこと二十年、首座を立てなかった。ある日、鐘を三門外で撃たせ「速やかに首座を延(む)かえよ」と命じ、衆僧が出て迎えると、それが文偃であった。
  • 後に如敏を継いで堂を開くと、髙祖は自ら臨んで教えを請うた。文偃は「目前に異なる路無し」と答えた。髙祖は大いに欣賞した。
  • 文偃は霊樹・雲門で道を唱えること凡そ三十年、その機縁・語句は実に雲門宗の始まりを立てるものであった。中宗の乾和七年四月十日をもって卒し、方丈に全身を塔に納めた。
  • その後十七年、阮紹荘に夢を示して「私のために言伝えてほしい」と言った。秀華宮使特進の李托が塔を開くことを奏請すると、後主は勅して内庭に迎え供養させ、一月余りしてようやく塔に戻した。これにより寺を「大覚」と改め、「大慈雲匡真弘明禅師」と諡された。