十国春秋卷六十三 南漢六 列傳 王詡
王詡
- 王詡(一に翃に作る)は南海の人である。高祖が県名を改めるに及んでそのまま咸寧の人となった。乾亨の初め、進士に挙げられ中書舎人を拝した。折しも白龍が南宮に現れたので、詡は「白龍頌」を進めたが文采は斐然としていた。大有七年、昭陽殿が成ると、詡はまた「昭陽殿賦」を著してこれを上った(その序に「皇帝は乾坤に基を構えて十有八歳、甲午の春に始めてこの殿を作った」云々とあるが、辞は多く散失して録さない)。このとき賦を献じる者は数十百人あったが、詡を第一と称した。賜与がやや遅いと、詡は必ず「私の賦は字ごとに金の音を作す、どうしてこうも賜りが遅いのか」と揚言した。その自負はこのようであった。