十国春秋卷六十三 南漢六 列傳 孫徳威

孫徳威

  • 孫徳威は勇敢で気力があり、しばしば高祖に従って征伐し、戦闘は常に軍中随一であった。大有九年、兵を将いて楚の蒙・桂二州を侵したが、まもなく楚の文昭王に逼られ、そこで蒙州より兵を引いて還った。数年の後、卒した。

史論

  • 論じて曰く、蘇・梁・李の三将はみな嶺表の虎臣である。将を斬り旗を搴(ぬ)くことでは章の功が最も大きく、克貞・守鄘がこれに次ぐ。寶と徳威に至ってはあるいは死しあるいは生きながらえ、いまだその用いるところを竟(お)えなかったとはいえ、輿尸(よし、軍の敗北)して左次(後退駐屯)したのは、どうしてすべて戦いの罪であったろうか。